2025.11.29
はじめから国宝、なんてないのだ / 小林泰三著

『はじめから国宝、なんてないのだ』
『はじめから国宝、なんてないのだ』 /小林泰三
タイトルのとおり、いま私たちが「国宝」と呼んでいる作品たちも、
作られた当時はただの“日用品”や“生活のそばにあったもの”だった──
という視点がとても新鮮でした。
■ 国宝・風神雷神図屏風の“当たり前じゃない当たり前”
江戸時代の人は、今の私たちのように美術館で数メートル離れて鑑賞していたわけではなく、
日々の暮らしの中で屏風を開いたり閉じたり、光の変化の中で眺めていたはずです。
「国宝」は法律によって“後から”決まったラベルであって、
本来は 生活の中で使われる美しいもの だった、という感覚が腑に落ちました。
でも同時に、「そんな大事なものを触ってたの!?」と少し不思議な気持ちにもなります。
著者はデジタル復元士として、当時の色彩を精密に再現したうえで
観客が“ベタベタ触れる”ワークショップを開催しているそう。
右から左へ手で巻き取りながら読む絵巻物、
蝋燭の炎だけで浮かび上がる屏風の金箔──
いまとは全く違う鑑賞体験があったのだと想像が膨らみます。
■ 住宅建築にもある「はじめから名作だった住宅建築なんてない」
この本を読んでいて、住宅建築も同じだなと感じました。
たとえば古民家や町家、あるいは近代の住宅。
いまは“文化財”として扱われたり、保存活動が行われていますが、
建てられた当時は、個々人の生活の器でした。
・その空間でどんな光が入り
・どんな音がし
・どんな生活の気配があったのか
住み手にとってはそれは「作品」ではなく、毎日の暮らしに寄り添った「家」だったはず。
だからこそ、住宅を設計する時
私たちは「何十年後にどんな風に使われるだろう?」と考えます。
生活を支える美しさをきちんと持たせたい。
そんな思いで設計に向き合っています。
■ 美術館の鑑賞も“空間”を意識するともっと楽しい
本書で紹介される「賞道」(鑑賞する道)
作品だけを見るのではなく、
その時代の空気や光、生活を想像しながら鑑賞する視点 がとても良いなと思いました。
建築も美術も、「空間の中で成立するもの」。
作品そのものだけでなく、
周囲の環境や光の質まで含めて楽しむと、世界が一段広がる 気がします。
次に美術館へ行くときは、展示空間の明るさや天井の高さ、
人の流れまで含めて味わってみようと思います。















